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I-Play Fes 中高生ディレクターズ!

中高生ディレクターズがI-Play Fes 2014をご紹介!

3/8の第三回ワークショップでは、FMいわきでのフェス紹介のための収録を行いました。

そのリハーサルを兼ねて、中高生ディレクターズがI-Play Fes 2014を紹介する模様を動画に撮りました。
これまでの活動の中で得られた情報や体験をもとに、読み上げる文章からディレクターズが作成しています。

いよいよ今日から小屋入りです。フェスの開幕は3/20!ぜひ皆さんご来場ください☆


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# by iplayfes_youth | 2014-03-17 11:57

【平田オリザさんインタビュー】 その⑤インタビューを終えて~感想編~

今回インタビューを行った、6人のディレクターズの感想をお届けします!
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【写真左から(ニックネームです)】えみか、山中丸、良空、オリザさん、栞、春菜、P

えみか
初めてお会いして
自分がイメージしていたオリザさんと
全く違っていてとても驚きました。
劇作家として大切にしていることや
今描いている夢など
とてもいいお話を聞けてよかったです。
東北の人は世界の人にお礼を言える子供にしたいって言葉は今でも印象に残っています。
今回聞いた話をディレクターズでの活動や自分の人生の知識として生かしていきたいと思いました!


山中丸
こんばんは、山中丸です。
今回平田オリザさんの取材に伺わせていただきました。
私はオリザさんのこととか何もしらなくて、お堅い方なのかなーとか考えながら取材に挑んだのですが、すごくオープンな方でした!
1番驚いたのが、高校2年生から自転車で世界一周をしたということです。
今の私と同じくらいの年齢なのにこの行動力の差はなんだ!?と思いましたw
そして、まるでその人になったかのようなリアリティのある文章の謎は、逆になんで書けないの?w
と言われ、本当に才能なんだな、と改めてオリザさんの魅力に魅了されました!!
またこういう機会があれば積極的に参加していきたいですっ!
以上山中丸でした!


良空
平田オリザさんへのインタビューは驚くことが沢山ありました。
「演劇に関わろうと思ったきっかけ」は、調べてもわからず、全員が疑問に思っていました。
その答えは、「周りの環境がそうさせた」という予想外のものでした。
また、学生時代には自転車で世界一周など私達には考えられないような経験をしたそうです。

オリザさんの台本は、誰にも真似できない生の声からできたような台本で、てっきりモデルがいると思っていました。ですが、「どうして他の人にできないのかわからない。モデルがいると逆に書けなくなってしまう」とおっしゃっていました。

人間がする無駄な動き、それをどう演劇に反映させるか、などについても詳しく聞くことができました。
これからは演劇のマーケットをオープンにして、日本と海外を繋げ、若者が活躍できる場を増やしたいとおっしゃっていました。

予想外の回答ばかりで、とても面白かったです。
どんな質問にも熱心に答えてくださって、学ぶことも沢山ありました。
わたしも、固定概念にとらわれず、様々な事に挑戦したいと思いました。貴重な1時間をありがとうございました。


【自分のみている世界】はどれだけちっぽけなんだろう――。
 オリザさんの世界を覗いたら、海の真ん中に放り出されたような呆然とした気持ちにさせられました。


 『分からないことを色や形にしていく』この言葉が深く胸に突き刺さり、インタビューの間も終わってからもそして今でも、離れることは決してありません。それだけ印象的な言葉。
 しかし始めのうちはその言葉の意味を理解してはいませんでした。私はその考えの真逆「形あるものをいかにして自分らしく表現するか」だったからです。

 ぼんやりしたものをどうやって形あるものにしていくのか。そもそもそんなことは出来るのか。様々な疑問が脳裏を駆け巡っていました。
 しかし《いろんな角度から物をみる》《経験を形にしていく》といった話をきいていくうちに、ぼんやりとしているもの がなんなのか、形あるもの はなんなのか、自分なりに考えることが出来ました。
 その体験は「形あるものからつくりあげる」のではなく『ぼんやりしたものを形にしていく』でした。

 まさにあの言葉――それを理解したとき、頭の中でバラバラだったパズルのピースが次々にはまっていった気がします。

 今回のインタビューで、物の見方が大きく変化しました。
 相変わらず【みている世界】は小さい気がしますが、それでも大きくはなっていると思っています。
むしろ大きくしてみせます!

春菜
今回、平田オリザさんの取材をさせていただいた感想は、私自身オリザさんを調べている時に、一番気になったのが、現代口語演劇で、その話などはどういう場面から思いつくのかと思っていて、オリザさんの取材をしている中で想像で書いていると聞き、すごくびっくりしました。
オリザさんの独特な表現力と世界観は生まれつき持っている才能とオリザさんが自転車で世界を回った時に身についたものなのかなと感じました。
オリザさんが言っていた答えのない問を色や形や音にするのが芸術家と言う言葉が、私にはできないことなのでかっこいいと思いました。
オリザさんの話を聞き、オリザさんの世界観などをしり、自分の見ている世界がまだまだ小さいなと感じました。



P
この度、私たち中高生ディレクターズは、青年団の代表である平田オリザさんにインタビューをさせて頂いた。

青年団さんは今回のI PlayFesで21(金)と22(土)の二日間にわたり、下記二本の劇を上演される。

■アンドロイド研究の第一人者、石黒浩先生が創りあげたジェミノイドFと青年団の俳優さんが競演し、海外でも好評を博した[アンドロイド演劇]の東北初上演。
平田オリザ作・演出、石黒浩(大阪大学&ATR石黒浩特別研究室)アンドロイド開発 『さようなら』

■震災後の東北でも各地で上演された作品。宮沢賢治原作・平田オリザ作・演出 『銀河鉄道の夜』

我々は、それぞれの作品についてお話を伺った。
まずは21日11:00~、22日13:00~に上演される作品、『さようなら』。なんとこの作品、上演された当初は15分の作品だったものが震災を経て10分の追加があり、現在のカタチになったそうだ。つまり最初からではなく、後から震災に関連する話になったのだそうだ。とても個人的な話だが、私は今回のFesの中でも特にこの作品に興味がある。人の手によって"演出"されたアンドロイドとは、一体どんな演技をするのか?どんな舞台になっているのか?Fes当日、この目で観るのが楽しみだ。

次に21日13:00~、22日15:00~に上演される『銀河鉄道の夜』。この作品は元々、フランスの子供たちに銀河鉄道の夜を見てもらいたいと、「友人の死を乗り越え成長する少年の物語」としてシンプルに作り上げた作品だそうだ。
オリザさんは我々にネタバレの配慮をしてくださり、内容について深く語ることはなかった。しかし、作品の話を聞いていくうちに「福島の人に、いわきの人に観てもらいたい」という熱い想いを伺うことができた。


お忙しい中、インタビューの時間を作ってくださったオリザさんに応えるため、中高生ディレクターズ一同、残された時間を更に熱く走っていこう。必ずや、より多くの人がI PlayFesに来てくださるように。






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# by iplayfes_youth | 2014-03-14 22:37

【平田オリザさんインタビュー】 4/4その④オリザさんの夢~演劇が持つ力とは!?~

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Q:震災からの復興の中で、演劇が持ってる力や、演劇に出来ることって何だと思いますか?

三つくらいに分けて考えた方がいいと思うんですね。一つは、演劇に限らず芸術そのものが持っている力ですね。みんなの気持ちを慰めたりとか、励ましたりとか、勇気付けたりとか、そういう力です。例えば、音楽は分かり易いですよね。被災地にも慰問の人が沢山来たと思うんですけど。でもね、演劇にもそういう力があると思っていて、演劇で励まされたり勇気づけられたりする人もいると思うんですね。でも、もう一つ私達芸術家の仕事は、今のみんなのためだけじゃなくて。・・・例えば、震災があってみんなはすごい大変だったと思うんだけど、その時、東京では自粛って呼ばれる、芸術活動の停止がたくさんあったでしょ?でも、今私達が作品を創るのを辞めてしまうと、100年後、200年後の地球の裏側の被災者は、何によって慰められるのか?っていう話なんだよね。みんな、仮設住宅とか避難所の人とかさ、慰問にアーティストが来て、もちろんEXILEとかAKBとか来たらみんな喜ぶけど、被災者が一番慰められたのは、やっぱり長年歌い継がれてきた唱歌だとかクラシック音楽だったと言われていますよね。そういう風に人間は、すごく困ったことがあったり、すごく強い運命にぶつかった時に、何かに救いを求めるよね。そのために芸術作品の蓄積があったんだよね。その蓄積を作るっていうのが私達芸術家の仕事なんだと思うんです。作品が、今直接役に立つかどうかは分からないんですね。だから、今の君たちや、今の被災者に役に立つかどうかっていうことが芸術の価値を決めるわけではないんですよね。100年後の被災者のためにやっているのかもしれないんですよね、今の私達がやっていることって。っていうことはまず一つ。

それからもう一つは、良く言われるコミュニティ維持とかコミュニティを復興、再生させるための役割ですね。例えば、宮城県の女川町ですね、東北電力の原発があるところです。あそこは入り江が大変入り組んでいて、70%くらい家が流されたんです。あそこは高台移転するしかないんだけど、すごい浜が小さいから、自分の町を離れたくないとか、そういったことで合意形成がなかなかできない。そして、あそこは集落ごとに獅子舞があって、とても有名なんですが、その獅子頭も流されてしまったんですね。それが、寄付だったり、全国から送られてきて、どんどん獅子舞が復活してくのね。話が前後しますが、文化人類学っていう学問があるんですが、パプワニューギニアとか、未開の集落を研究し、人類が初期段階のどういう生活をしていたのかを研究する学問です。考古学は発掘なんだけど、文化人類学は今あるものを調べたり研究する学問なのね。その研究をしている人たちが、こんなにセオリー通りになるのか、って驚くぐらいに、獅子舞が復活した町から次々と高台への合意形成ができていったんですね。人間は経済の話だけをしていてもなかなかみんな話し合いが進まないのが、長年やってたお祭りを復活させると「まあ、色々大変だけどみんなで移るべ」みたいになるわけなんですね。それがもう一つの芸術の役割ですね。演劇は集団でやるものだから、そこが音楽や美術とは違って、こう役割分担をしたりだとか、とにかく幕が下りるまではどんな嫌な奴とでも、どうにかして上手くやらなきゃいけない。「しょうがねーな、あいつ、何か変な奴だけど、芝居は上手いし・・・」みたいなね()。そういうのが演劇の良い所だよね。だから、どんな未開の集落にも、必ずお祭りにはそういう演劇的なものがあるってことですね。

もう一つが、みんなが経験してきたことを、これまでの3年間で経験してきたことを、これから、声や形、色とか音とかにして届けなきゃいけないよね、特に福島の高校生は。これは福島じゃないんですけど、岩手県の達増県知事が、復興教育の話をしていて、「東北の被災地は、世界中から色んな支援を受けて助けてもらったので、岩手県の子供達は、世界中にお礼が言える子供に育てたい。」って話をしたんです。とても良いスピーチですよね。福島の場合はもっと複雑で、原発があって、それは30~50年かかる問題だから、君達がこれからも福島に住み続けるのなら、死ぬまで付き合って行かなければいけない問題ですよね。君たちは、自分で選んで福島に生まれたいって言って生まれてきたわけじゃないし、たまたまこうなってしまった。でも、福島で中高校生の時に表現教育に係った以上は、福島の事を何らかの形で伝えられるような人間になったほうがいい。それは演劇じゃなくてもいいんだけど、演劇もその一つの非常に有効な方法になるんじゃないかって思っています。

 



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Q:今描いてる夢は何ですか?

そうですね。個人的には劇作家として、特に海外での仕事では、今まで日本の劇作家が到達したことのないところで仕事をしているので、ここから先どこまで行けるかっていうのが一番ですね。サッカーで言えば、本田選手とか香川選手みたいなものでしょ?でもスポーツと違うのは、例えば「田中投手が何十億円の契約金でメジャーリーグに行った」みたいな、はっきりした数字がないから、なにで成功したっていうのが分からないけど、そこも含めて芸術の面白い所だと思うんですね。自分の死後に評価が高まるかもしれないし、全然忘れられるかもしれないし。だから、できるだけ長生きして、ちゃんと成果を上げたいっていうのがありますね。

もう一つは、日本の演劇についてですね。サッカーのJリーグができて、20年になるんです。Jリーグができて何が変わったかというと、日本のサッカーのマーケットを、プロ化して、リーグを世界と同じ仕組みにしたわけ。で、20年経った今、日本の代表チームは毎回ほぼ確実にワールドカップに行っているし、優秀な選手はヨーロッパで活躍できるようになった。自分の国のマーケットをオープンにしないと、日本の若者がどんなに才能があっても、海外で戦えるようにはならないとういうことなんです。できれば、日本の演劇のマーケットをちゃんと世界に開いて、世界の人が日本で活躍出来て、日本の若者が世界中の劇場で活躍できるようなシステムを作りたい。というのがもう一つの夢です。

 



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Q:今の演劇界って、今まで演劇に触れて来なかった人は劇場に入りづらいと思います。どうすれば変わると思いますか?

僕は、小学生から演劇の授業をやると良いと思います。僕はよく小中学校に演劇の授業をしに行くんですけど、小学生までは天使のように楽しそうに取り組むんですよ()。それが、中学生になると悪魔のように黙って、全然やらなくなる。思春期だから照れちゃってやらないんでしょうね。でもね、ちょっと考えてほしいんです。いくら恥ずかしいからって絵を描かない中学生はいないでしょ?音楽の授業で歌を歌わないってのもいないでしょ?それは、小学校から普通に授業があるからやれるんですよ。演劇は、いきなり中学でやらされるから、やれない。これは習慣の問題なんですね。抜本的な解決方法は小学校からやることだと思います。

あとは、特に地方の劇場の役割としては、演劇ってただ観るものではなくて、参加したり、観たりするものだから、参加できる機会と観る機会を両方提供する。そういう風に機能していくといいですね。

あとは日本は演劇の値段が高い。1,000円くらいで観られるようにしないと。日本は特別高いんですよ。ヨーロッパでは、少なくともミュージカルではないストレートプレイだと、26歳以下はだいたい色々割引されて7~10ユーロ(1,000円くらい)で観られるんです。定価は2,000円~3,000円で、他にも色々な割引があるんですよ。なんで日本は特別高いのかというと、まず、公的な支援が少ない。公的な支援がない=公的な劇場がない。となると民間の劇場で公演しますね。そうすると、特に東京は世界で一番土地代が高いんです。市場原理だけにまかせておくと当然劇場使用料も高くなり、チケット代も高くなるという。だから、そういう意味で日本の演劇のマーケットをちゃんと世界に開いて、世界の人が日本で活躍出来て、日本の若者が世界中の劇場で活躍できるようなシステムを作りたいと思っているんです。

 



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オリザさん、インタビューに答えていただき、ありがとうございました!


その⑤メンバーの感想編へ続く⇒



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# by iplayfes_youth | 2014-03-14 22:10

【平田オリザさんインタビュー】 3/4その③劇作家オリザさんに迫る!

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Q:演出家であり、脚本家でもありますよね。実際作品を創っていく時、どちらの部分が強いんですか。

まず自分としては劇作家の部分が非常に強くて、ほとんど8割劇作家と思ってる。他に演出してくれる人がいないから演出もするっていう感じです。あんまり他の人の作品を演出したこともないし、だから、基本的に僕は劇作家だと思っています。演出するときも、基本的には自分の台本をやるから、最初に書いてる段階からある程度イメージがあって、あとは俳優がしゃべりたいようにって言うか、「本当はあなたはこのようにしゃべりたいんですよ」ってのを演出する。俳優には、そもそもそれが分からないから、そこを演出する。

 

Q:自分も演劇をやっているんですが、良い役者っていうのはどういう役者ですか?

そうだね、そこに存在しているだけで面白いのが良い役者ですね。予測不可能な動きをする俳優がだいたい面白い。

 

Q:舞台とか作品を創っていく上で一番大切にしてることは何ですか?

そうだな。まぁやっぱり楽しいってことですね、みんなが。演劇は基本的に楽しいものなので、楽しくない人がいるのは何かが間違ってると思います。演劇以外の要素が入り込んでるんでしょう。しょうがないんだけどね。人間がやる仕事だから、入り込んでしまうのは。演劇だけやってれば楽しいはずなんです。でも、恋愛とか色々あるからね、人は。



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Q:オリザさんの作品は、台詞が生っぽいというか、まるで隣で聞いていたみたいな会話ですよね。あんな台本、どうやって作ってるんですか?

どうですかね・・・。なんで他の人が書けないのかが分からないんですね。僕は大学の教員でもあるので、例えば僕は海外での日本語教育の教科書を作ったんですが、日本語教育の先生が描いた本と、僕が書いた本を比べると、僕の本の会話文の方が圧倒的にリアルなんです。で、どこが違うのかを専門の学者さん達が現在分析しています()。その結果が分かると、なんで書けるのかが分かるのかもしれませんね。認知心理学っていう学問があるんですよ。例えば漆塗りがありますね。普通に考えると機械で均等に塗る方が、ムラなく塗れると思うんだけど、名人のほうが上手に塗れるじゃない。その名人の手の動きを何十時間もビデオに記録して、それを3D解析して、コンピューターで点と線で表していく。そうすると、例えば5回に1回、0.3秒の溜めがあるとか、そういうのが分かっていくわけ。それを機械に反映させると、機械が格段に良くなって、ほぼ名人の手の動きに相当近い所まで行くわけ。だから、そのうち分かるんじゃないかな?僕は書いている側だから分からないので、誰かが分析してくれないと分かりませんね。

ロボットもそうです。ロボットは、工学研究者がロボットを動かすとどうしても動きが大げさになる。実際の人間は、そんなに動いてないんですよね。もっと厳密に言うと、人間は様々な身体の部位を細かく動かしていて、省エネで動こうとするから、無駄な動きが適度に入るんです。例えば(目の前のコップを、横からガバッと取る)コップをさ、こうやってガバッって取るなんて、普通しないでしょ?リポビタンDCMとかじゃない限り()。必ず、何かをする前は無駄な動きが入るんですよ。机を触ってから(コップを)取るとか、他のものを触ってから取るとか。みんなが、「あの俳優さん、上手だな」って思うのは、その無駄な動きが適度に入るから上手いんですよね。ただ、俳優さんのかわいそうなところは、練習すればするほど上手くつかめるようになる。かっこよくつかめるよになる。そうすると無駄な動きが減るでしょ?俳優は、(稽古を)やればやるほどリアルじゃなくなるんですよ。ところが、世の中には天才がいて、何度やっても無駄な動きがでる。そういう俳優を上手い俳優と呼ぶのではないでしょうか。そういう研究を、アンドロイドでしてきたんですよ。



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僕が教えている大阪大学に、今度の「さようなら」のお芝居に出てくるアンドロイドを作った、石黒先生というちょっと頭のおかしい先生がいて()。どのくらい頭がおかしいのか説明すると、自分とそっくりのアンドロイドを作ったんだよ。でも、本人はどんどん年取って行っちゃうじゃん。その度に、自分とアンドロイドの容姿がどんどん離れて行ってしまうことが耐えられなくて、自分の顔を整形したの。リフトアップして、しわを取ったわけ。すごいでしょ()。でも彼の理屈では、アンドロイドを年取った自分に合わせて作るよりも、自分が整形した方が安いんですって。整形は50万、アンドロイドを作るのには300万くらいかかるからね。・・・というくらいおかしい人がいて()。彼の研究は、ロボットがどうやって社会の中に入っていけるかっていう研究なんです。そのためには、見た目や動きも含めて、ロボットが子供やお年寄りに怖がられないようにしたいわけです。そのためには、動きにも適度な無駄がないといけない。彼は、言語学とか認知心理学の人達と、そういった研究をしていたんですね。でも、学問というのは、沢山のデータを集めて平均値を出すものだから、無駄なうごきがあっても平均値に埋め込まれてしまうわけですよ。だから、なかなか上手くいかなかった。たまたま僕が大阪大に移った時に石黒先生と出会ったんです。で、ロボットに最初に2分くらいの台本を渡して、若い研究者達がロボットに動きをプログラミングしたものを見せてもらって、そのロボットの動きに対して、僕が「ここのこの部分に0.3秒間を置いてください」と言う風に、細かくダメ出しをして、修正してもらったら、その現場にいた全員から溜息が出るくらいにロボットの動きがリアルになったんです。でもさ、そりゃそうだよね。これまでは演出してこなかったんだもの。ロボット研究の中に、「演出する」という概念がなかったわけだから。それで、石黒先生が研究者達に「君らが2年かかったことを平田さんは20分でやった。これからは研究しないで解析だけをしなさい。」っていうことで、パラメーター化(数値化)して、今では特許も取っています。

要するに、その無駄な動きとかを的確に入れることができるのが、私達演出家とか作家とかのひとつの能力なんだと思います。だから、「何で出来るの?」って言われても分からない。逆に言えば、出来るからこういう仕事に就いているのかもしれない。多分、指揮者なんかが分かり易いですよね。指揮者って、細かい音の違いとかを聞き分ける能力があるんでしょうね。それが、作家の場合には言語とかの細かいニュアンスの違いとかを聞き分けて再現する。もう一回再現できないといけないからね。だから、「さっきと今と、違うなぁ」ってだけじゃダメで、「さっきと今とじゃ、このように違うから、こうやりなさい」って言えないとダメだから。その能力があるってことですね作家とか指揮者には。


Q:オリザさんの小説「幕が上がる」の女子高生の会話なんかもすごくリアルでびっくりしたんですけど、あれも頭の中で作るんですか?

()そうね、あれね、よく言われるんだけど、もうねー、気持ち悪い!とか言われるんだよ。ひどいでしょう()?でもそれ、普段は劇作家としては当たり前のことで。小説は初めて書いたから、僕を知っている人からすると、すごく違和感があったんだろうね。どうしても読んでると僕の顔が浮かんでくるらしいよ。あんなオッサンが書いてるのかっていう()。でも、それが仕事だからね。

 

Qてっきりモデルがいるのかと思いました!

それは、ないです。あるとダメ。できるだけ想像で書いたほうがいい。だからモデルがいると、さっきの言語学みたいに平均値になっていってしまうでしょ?無駄なことが出てこない。それはつまらないんですよ。

 



その④オリザさんの夢~演劇が持つ力とは!?~へ続く




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# by iplayfes_youth | 2014-03-14 22:03

【平田オリザさんインタビュー】 2/4その②オリザさんが中高生の頃ってどんなだったの!?

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Q:演劇に一番初めに興味を持ったきっかけは?

そうですね、申し訳ないけど劇的な要素は全くなくて()。父親が演劇をやっていたり、他にも親戚とかに、そういう仕事の人がたくさんいて、周りにそういうのがあふれていたんです。だから、何となく始めていました。ただ僕は、高校生の頃に自転車で世界一周して、そのことについて本に書いて、18歳の時に出版していて。それが作家のデビューです。その後も受験の体験記を書いていて。まあ、自分の事ですよね。でも、どうも自分はノンフィクションライターには向いていないと思って。父親も作家で、そういう風に育てられてきて、自分も作家になるんだろうなとは思っていた。でも、人のことが気になり過ぎて、人の事を悪く書いたりすることが出来なくて、ジャーナリストとかは向いていないんじゃないかと思って。僕は駒場に生まれ育ったんだけど、目の前が東大なのね。そしてその頃に、野田秀樹さんがまだ東大の8年生くらいで、野田さんは本当に格好良くて。で、野田さんの芝居を観て、こっち(演劇)の方が向いてるって思って、大学1年生の時に台本を書いて、大学のラウンジに持って行ったの。大学生って、みんなもイメージあると思うんだけど、高校と違ってずーっと授業があるわけじゃないから、ダメな大学生がずーっと溜まる場所がどの大学にもあって。真面目な学生はその時間図書館で勉強してるんだけど。だからそこにいた連中に「台本書いたから、どうせお前ら暇だろうから、芝居やるぞ。」って声を掛けて始めたのが、今の青年団ですね。

 

Q:野田秀樹さんみたいに、劇作家もやりつつ役者もやっちゃおう!みたいには思わなかったんですか?

大学のときに、3回くらい役者をやりました。向いてないとすぐ思った。すごくあがっちゃうんで。

 

ディレクターズ一同:(意外!という顔をして)・・・へぇーーーー。(笑)

 

オリザさん:(笑)うん。向いてないの。



Q:演劇の道で食べていこうと思ったのはいつですか?

それは、大学3年の夏から4年の夏まで韓国に一年留学してた時ですね。その時に、演劇でやっていこうと決めました。普通みんな大学3年生くらいで就職活動をするよね。うちの場合は、父親が作家だった影響もあって、昔の小説家さんってのは、松本清張とか、司馬遼太郎とか、みんな新聞記者出身の人が多くて。だから父親も「新聞社に入ったらどうだ」って。本当に父は僕のことを作家にしたかったからね。母親は学者だったから、「大学院に行ったら?」なんて言っていて。

でもうちの父が、だいたい子供にオリザって名前を付けるくらいだから、もの凄く変わった人で。僕が大学生の時に、僕達家族が住んでいた家を、劇場にしちゃったの。それが今の駒場アゴラ劇場です。全部借金で、うちの家計が大変なことになって。で、もう仕方ないから僕が劇場を継ぐことになったんです。だから、韓国から帰ってきて、「継ぎます。」って言って、継いだの。僕は、日本の小劇場界で唯一親に望まれて演劇をやっています()。しかも、作家にも大学教授にもなってこんなに親孝行な演劇人はいないよね()



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Q:どんな学生時代を過ごしたんですか?

高校は行っていないからね。ちょっと順番に言うと、さっき言ったように、東京の駒場で生まれ育って。駒場っていうのは、目の前に東大があるの。僕は商店街の中で育ったんだけど、だからちょっと学校の成績が良いと、「この子は東大に行くもんだ」ってみんなが言うっていう。そういう特殊な環境だったんですよね。実際、小学校の僕の学年で5人東大行ってるからね。うちの親はそんなでもなかったけど、街全体にそういう種類のプレッシャーがあったんです。でも、これがこのままずっと続いたら東大に行ってエリートになるかもしれないけど、こんな競争がずっと続くのは耐えられないんじゃないかな?って中1、2年の時に僕は思って。中学生だから、はっきり考えたわけじゃないし、今思えば、なんだけど。1962年生まれで、高度成長社会であり、競争社会の中で育ったのね。生まれた頃っていうのは、ちょうど、映画の「Always三丁目の夕日」の頃ですよ。東京オリンピックが2歳の時で、万博が7歳の時。そういう中で育ったので、これ大変だなって思ったの。直観で。

ちなみに1962年生まれは劇作家と犯罪者の当たり年と言われているんですよ。犯罪者でいうと、幼女連続殺人事件の宮崎勉、池田小学校襲撃事件の宅間守、新潟少女監禁事件の犯人もそうですし、和歌山毒物カレー事件の林眞須美。それから、オウム真理教の幹部達も僕と同じ世代なんですよ。オウムはエリートが多いんです。医学部とかね。これは、週刊誌で特集を組まれたほどなの。

これには色んな理由があるんだけど、僕もインタビューに答えたことがあって、一つには、日本の親が戦後初めて経済的苦労なしに子供を育てられるようになった最初の世代なんですね。1960年くらいだと戦後の復興も終わって、物質的に豊かで物があった時代なんです。物がない時に子供に我慢させるのは、ある意味、簡単ですよね。でも、物があるのに我慢させるのは道徳とか、しつけでしょ?そういう習慣がなかった。今までが貧乏だったから。物質的に豊かになって、子供をどう育てて良いのか分からなかった。もう一点は、私たちの親が子供の頃は敗戦の時で、僕の父親は16歳で母は14歳でしたね。一番成長期にお腹を空かせてた昭和一桁の世代。例えば、井上ひさしさんという、東北が生んだ偉大な劇作家がいますが、彼は昭和10年生まれ。ぎりぎり昭和一桁ですね。この世代は、ちょうど君たちの年の頃に戦争真っ最中で、一番腹ペコだったんです。もうちょっと年上の人はみんな戦争で死んじゃった。自分たちが苦労したから、僕らが子供の頃は、子供には何でも買い与えるっていう親がいっぱいいたわけですよ。今の親の方がしっかりしてる。ノウハウがあるから。僕の親よりも上の世代は、年長者である親と一緒にいたから、子育てとか、色々教えてもらってたわけですよ。でも戦後、核家族化していったわけですよね。子供の育て方が分からない家に育てられた世代だから、歪んだわけですよ。

人の痛みがわからない。ずっと競争で、負けた奴は負けた方が悪いっていう風に育てられたから。僕も(人の痛みが)よく分からない。で、「これは大変だなぁ」って、中学の時に子供ながらに思って、中2の時に「高校には行かずに、自転車で世界一周しよう」って決めた。決めたんだけど、親とか周りに言っても信じてもらえないわけですね、普通は()。中2の男の子がそんなこと言ったもんだから、でもうちの親とか進歩的な親だったから、「あ~、いいねぇ。頑張ってね。」て言って、全く本気にしてなかった。「いいんじゃない?」みたいな()。で、そのまま3年になって、定時制高校にいくことにして。それも、親は多少は「はぁ?」みたいな感じになったんだけど()、「まぁ、1~2年社会経験を積むのも良いんじゃない?」ってなって、そこは突破したわけです。で、定時制高校に入学して、勉強しながら1年間働いてお金を貯めて、いよいよ行く段になって親も心配しだすわけですね()。こちらとしては、「だって、今までずっと言ってきたじゃん!」っていうね()。一応親も反対はしたんだけど、親としても強く反対する機会を失ってしまっていたわけです。それは子供として、いまにして思えば、親に可哀そうなことをしたなぁって思いますけどね。それで、1年半世界一周旅行に行って帰ってきたわけです。定時制は4年間あるので、世界旅行には高2の春~高3の秋まで行っていたから、あと3年学校に行かなくちゃいけなくて。出発する前は考えていなかったんだけど、「大学に行こう!」と思って。でも3年もかかるのは面倒臭いって思ったから、大検(大学入学資格検定試験)に受かって、結局一年浪人した人と同じ年に大学に入学できました。相当インチキな人生ですね()。2年間遊んで、そして大学に入ったわけですから。ですから、僕には高校の思い出がないんです。高校生の事はよく分からなくて、ちょっとうらやましい。その分、別の経験をしているから良いんですけど。

ちなみに大学はICUに行きました。ここも変わった大学でね。2割か3割が外国からの留学生でした。そのまま就職もせずに演劇を続けてしまったので、30歳を過ぎるまで他人の事や日本社会の事は分からなかった。「他人と違わなきゃダメ」って育てられたんで。「他人と違っていても良い」は普通だけどさ、「違わなきゃダメ」なんていう親はなかなかいませんよ。僕が何かをやろうとすると、いつも「ねぇ、それは何が他人と違うの?どこがオリジナリティがあるの?」って育てられたので()。大学もそんな感じでした。欧米と同じ教育ですね。違うってことに価値を見出す。世間もそうだと思っていたら、意外と違うっていうことに30歳を過ぎて気付いて、それから作家として成長しましたね。

 



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Q:自転車で世界一周旅行をした時に、一番大変だったことや印象に残ったことは?

大変だったことはそんなにないんです。危険なことも病気もなかったし、まぁ自転車だから、坂を上るの大変とかはありましたけど()

 

Q:言葉とかはどうでしたか?

言葉は出来なかった!本当にできなかった!ビックリしたね。アメリカの西海岸のロサンゼルスからスタートしたんだけど、ロスは訛りがすごくてね。Tの音がほとんど落ちるんだよね。水(WATER)をもらうんだけど、ウォーターじゃないのよ。ワラって言うんだよね。こんなに通じないのか!と思いました。でも3か月アメリカにいて、まぁ買い物するくらいのことは出来るようになった。行った先々では、英語が通じない国では水とか数字とか、そういう言葉を覚えた。

でも1617歳の、君らと同じ年の頃に、目まぐるしい色んな体験が出来たのは、今劇作家っていう仕事をやってる上ではとても役に立っています。人間を色んな面から見なきゃいけないですから。そういう意味では、君たちみたいな頭も心も柔らかい年代で色んな価値観に触れられたのは役に立ったと思います。

あとは、こういう経験をしていて良かったなと思うのは、海外で仕事していて、比較的海外の方と友達になるのが早いですね。どんな人でも上手く付き合える。それは、そのとき培った能力なんじゃないかな。日本のアーティストって、ヨーロッパに行っても成功する人としない人がいて、それは才能だけじゃなくて、海外へ行くと身構えちゃうんですよね。英語だとopen mindと言いますけど、とりあえず「私は武器は何も持っていませんよ」みたいな開いた感じじゃないと、仕事ができない。





その③劇作家オリザさんに迫る!へ続く⇒





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# by iplayfes_youth | 2014-03-14 21:47